【飯伊百観音】



平成24年

犬の散歩中に見かけた近所の小さな御堂に『伊那西国札所』の案内があったので、色々と調べてみたのが札所巡りをはじめたきっかけである。元々「小さいバイクで四国の八十八ヶ所巡礼の旅みたいなのがしたいな〜」と思っていたので、ツーリングを目的とした巡拝になるが、家族の健康と安全を祈って百観音を巡ります。

伊那西国三十三番札所
伊那坂東三十三番札所
河東秩父三十四番札所

伊那秩父(竜西)三十四番札所
 飯伊百観音として指定されている札所を巡っている際に、河西(竜西)にも秩父札所が存在してることを確認しました。河西地方の秩父札所は堂宇等が失われている可能性が大で、情報も少ないが、そちらも確認できた場所だけ巡ってみました。面白いのは河東に対して竜西と表現しているところですね。河西(竜西)・河東(竜東)とは、天竜川の西とか東を表す意味だと思います。byテング

 ↓平成8年発行の河東秩父編ガイドブックから抜粋
 嘉永四年に地元で発刊された《道中記》がある。それには河西にある十二薬師、西国、坂東の札所と共に、一番宗圓寺から三十四番西教寺までの秩父札所巡礼の道行き十二通りが記されている。従って、当時河西には百観音札所が設定されていたことが窺える。この河西百観音札所に対して、河東にも百観音霊場があったと思われるが、河東秩父観音以外の西国、坂東の札所については廃忘して伝わらない。なお、下伊那郡北部に一番瑞応寺から三十三番領法寺までの北廻りの伊那郡坂東百観音霊場があり、その多くの札所が河東にあることに留意し、参考の為に付記して置く。

 前回の昭和五十四年の本開帳の際は「伊那秩父」としていたが、今開帳からは旧記に従って「河東秩父」という名称を用いることにした。

 ↓平成8年発行伊那西国・坂東編ガイドブックから抜粋
 昭和54年、伊那西国、伊那坂東、伊那秩父が飯伊百観音として大開帳が奉修され、、以下略。平成8年4月、中開帳が実施されることになった。なお、伊那秩父は別に伊那秩父の組織の存在を確認したことから、名称を河東秩父と改称した。

 ※下伊奈郡案内道中記によると、伊那四国八十八カ所、伊那西国三十三カ所、伊那秩父三十四カ所、伊那坂東三十三カ所、伊那薬師十二カ所、合計二百カ所の第一番を記載しているページ(枚)と、止という結願寺(最終の寺)の記載ページがあるらしい。

 下伊奈郡案内道中記(嘉永4年)による『下伊那郡(竜西)百観音札所』の一覧については、郷土史に詳しい方のページに丁寧に紹介されているので、是非そちらを検索してみてください。





地元再発見の旅にもなります

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普門院の天満宮 二子陣屋跡 鵞流峡(がりゅうきょう)
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